母校の景色

舞鶴高校・冬の伝統行事。(7)
2008年12月08日 運営スタッフ 大分県立大分舞鶴高等学校同窓会(大分県)

掲示板の画像



最近舞鶴橋・弁天大橋をランニングしている生徒をよく見かけます。


通称『土手ラン』

いつ頃から土手ランと言われるようになったんでしょう。

誰が名付けたんでしょう。

他校の友人に話すと「ダセエ」と罵られた思い出が・・・



舞鶴高校前を出発し〜弁天大橋〜舞鶴橋を回って1周です。

1周約2.5kmで、平坦な道なのでそう苦しくはなさそうですが、実際に走ってみると海からの吹きっ晒しの風で飛ばされそうになることも・・・

走ることが苦手だった私には冬の体育の授業は本当に苦痛でした。

ところで今の生徒たちは私たちの時代とは違ってカッコイイ(?)ジャージでうらやましい限り。
体操服も年々進化していっているようですネ。

昔を思い出して「卒業生土手ラン部」を結成しませんか!?笑

2008年12月08日 18:58 
きこ

「土手ラン」ですか。懐かしくもあり、苦しくもあり・・・。
絶対途中で倒れるわぁ、死ぬかもしれんって思いながら見ています。
なので、入部拒否します。もう二度と走りたくはありませ〜ん。

2008年12月10日 11:00 
運営スタッフ

きこさん
入部拒否ですか、残念です。
誰か入部してくれる人いますかねー?いないでしょうね。。
土手ラン部、改め、「土手ランの思い出」コミュニティを作成しますので、ぜひ当時の思い出を語ってください!!

2008年12月10日 16:47 
ゆっこ

私たちの時は、ジャージが赤(アズキ色)でとってもイヤでした。
ジャージ上はトレーナータイプというのか…ファスナーがない、丸首のかぶるだけのもの。
ジャージ下は足首ゴムでした。当時は何とも思っていませんでしたが。
とりあえず、ハーフパンツになった1年目だったと思いますが、それだけは喜ばしいことでした。今時、小学生でもブルマはかないですよね。
土手ラン部タイムがどうでもいいのなら、久しぶりに走ってみたいです。
クルマで通るのと、実際に走るのは景色が全然違うでしょうから、懐かしい気持ちになれそう☆

2008年12月11日 11:04 
けいちゃん

私たちはジャージは紺なのはよかったのですが、生地は実はジャージとは呼べない代物で(どうみても綿かなんかのニット系だった)、すぐ破れてしまうものでした。(だから当時は遠足が私服OKだったのでしょうが、お恥ずかしながら私たちの代(32回生)が遠足の服装が派手すぎたらしく、私たちの卒業後遠足が絶対ジャージになったのは申し訳なかったです)
土手ラン部、タイムがどうでもよく、参加が強制でなければ(県外なので参加できるかわからない)入部したいです。(確か当時は5回というノルマがあって、それをクリアできるまでは放課後でも走らされていましたよね…私は授業中にクリアできたクチでしたが)

2008年12月12日 08:43 
ゆっこ

>けいちゃんさん
そんな過去があったんですか(^^;
そういえば私たちの時、城島遊園地に遠足の時もジャージでした。
あんまり気にしてなかったですけど★
土手ランは、授業では男子が2周で女子が1周だったような気がするんですが、意外と覚えてないものですねー。もしかしたらもっと長かったかも?

コメント7件中 1件~5件目を表示中
1    |    2            

コメント必須

(上限10000文字以内)

画像
画像
画像




P R

banner
banner
banner